岡山の歴史遺産18 吉岡銅山 笹畝坑道(よしおかどうざん ささうねこうどう)

吉岡銅山 笹畝坑道
              
☆所在地:岡山県高梁市成羽町吹屋1987
☆アクセス:JR伯備線備中高梁駅から
 ・備北バス・観光周遊バス(9:40発)で現地着
 ・備北バス・「吹屋」行き55分、終点下車 徒歩60分
 ・タクシー40分
☆概要:吉岡銅山笹畝坑道は、地元の鉱山師大塚家の文書によると、大同2年(807)に発見されたと伝えられる。また平安初期の『延喜式』には「銅鉛返鈔凡備中、長門豊前等国」「凡鋳銭年料銅・鉛者備中八百斤毎年繰送」記されている。ただし、備中国で鋳銭用の銅が生産されていた場所が笹畝坑道であったかは不明。
戦国時代になると地元の豪族である尼子氏と毛利氏の間で争奪戦が繰り広げられた。
江戸時代は幕府の直轄地(天領)となり,代官の支配下で諸国の銅山師が請負採掘した。泉屋(住友)
天和元年(1681)より泉屋(住友)が35年間採掘を経営した時が最も栄え、そのうち元禄年間が最盛期であった。この時に銅山の日本6大銅山の一つとなり,町も大いに栄え人口も数千人に及び多くの商人や芸人も集まり,遊女屋も開かれたと伝えられている。
明治6年(1873)に銅山経営が岩崎弥太郎(三菱)に移り,水力自家発電により選鉱,精錬,坂本から成羽まで,トロッコ専用道路を敷設するなど近代鉱業として明治年間は大いに栄えた。
しかし昭和期に入り次第に衰え現在は閉山されている。




笹畝坑道に行くまでの道路は狭くガードレールのない箇所が多いので、車で訪れる場合は十分に注意して下さい。バスかタクシーで向かわれた方が安全だと思われます…。
ただし、路線バスからだとかなり歩くので、値段は高くなりますが周遊バスを利用された方がよろしいかと…。有料施設6館の入場料を含んで3800円なので。土日祝日しか運行しておりませんが…(・_・;)


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